大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2352号 判決

一 請求原因事実中(一)から(四)までの事実は、当事者間に争いがない。

二 控訴人らが使用するイ号標章と被控訴人らの本件商標とを対比すると、両者は類似する標章であるというべきであり、この点に関する判断は原判決の説示するところと同一であるので、原判決理由中の当該部分(原判決理由二の部分)の記載を引用する。

三 ところで、控訴人らは、控訴人らのイ号標章の使用は適法な権原に基づくものである旨抗争するので、以下その主張の当否について検討する。

(一) 富山地方裁判所昭和二九年(ノ)第二六号標章の不法使用禁止等請求調停事件において、昭和二九年一〇月二一日右事件の本訴訟である同庁昭和二八年(ワ)第五六号事件の原告である被控訴人らと同被告である訴外株式会社ケロリン屋本店および参加人である訴外亀田安平との間において、控訴人ら主張の本件調停が成立し、その内容が別紙第四の調停条項のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(二) 控訴人らは、本件調停により被控訴人らは訴外会社および亀田安平に対しイ号標章を永久に使用することを許諾したものである旨主張し、調停条項の記に(ハ)項を設けた趣旨は、当時「ケロリン」の標章を使用している他の業者に対しその使用を中止させるためにこのような項を設けたにすぎないものである旨主張する。そして、当審証人内田金太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第八九号証の記載並びに原審における証人舟橋正一当審における碓井義重、同松井順孝、同内田金太郎の各証言中にはこの主張に沿う部分もあるが、これらの記載および証言は、原審における証人桑島一夫、当審における証人浅田清松の各証言、原審における被控訴人笹山梅治の供述に照らして到底採用することができない。他に控訴人らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。のみならず、この点に関しては、かえつて次のように認められる。すなわち、

1 成立に争いない甲第三号証、同第八号証の一、二、同第九号証の一から五まで、同第二三号証、同第二七号証から第二九号証までの各一、二、原審における証人桑島一夫の証言、原審における被控訴人笹山梅治の供述によれば、被控訴人らの先代である訴外亡笹山林蔵は、内外薬品商会名義で富山市において家庭薬の販売業を営んでいたが、昭和二年頃より自己の販売頒布する歯痛、頭痛薬に「ケロリン」の標章を使用し、昭和五年九月二九日には「KOEHRUOLIENケールオリーン」なる商標の商標登録出願をし、同六年四月八日に右商標の登録を得、同五年一〇月八日には「経呂霖」なる商標の商標登録出願をし、同六年八月二七日に右商標の登録を得、同五年一二月一五日には「ケールオリーン」なる商標の商標登録出願をし、同八年三月二七日に右商標の登録を得た。そして、昭和一四年七月二二日には本件商標につき登録出願をし、その権利を承継した被控訴人らが同二五年一二月一二日にその商標登録を受けるに至つたものである(本件商標の登録出願日、登録日については当事者間に争いがない。)事実を認めることができる。

2 他方、成立に争いのない甲第四号証の一から三まで、同甲第一三号証の一から三まで、同甲第二〇号証の一、同甲第二三号証、同乙第四号証の一から三まで、原本の存在および成立につき争いのない乙第六号証の一の一から一の二〇五まで(ただし、乙第六号証の一の四四は欠番)、同乙第七号証の一の一から一の一一四まで、同乙第八号証の一から六まで(ただし、乙第八号証の四は欠番)、成立に争いのない乙第一三号証および第一四号証の各一、二、同乙第一五号証、同乙第一七号証、同乙第一九号証から第三〇号証まで、同乙第三一号証の一から三まで、同乙第三五号証から第三九号証まで、同乙第六二号証の一から三まで、同乙第六三号証、同乙第七五号証の一から八まで、当審証人碓井義重の証言により真正に成立したものと認められる乙第四〇号証、同乙第四二号証、同乙第四三号証、同乙第七〇号証、原審における証人舟橋正一、当審における証人碓井義重、同松井順孝の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

訴外亡若林金次郎は、大正一三年頃より富山市において売薬業を開始し、昭和五年頃よりはケロリン屋本店の商号で頭痛、歯痛薬の販売を行つた。ケロリン屋本店は、その後右若林金次郎に代つて訴外亡亀田安平がその経営の実権を握り、亀田は昭和一一年には「ネオケヒリン」の商標登録を得たが、その頃「ケロリン」の標章もしくはこれに類似の標章をも使用して営業活動を続けていた。亀田安平のケロリン屋本店の営業は、その後光亜製薬株式会社に引継がれたが同会社は昭和二三年九月解散した。そこで亀田安平は、昭和二三年一〇月訴外株式会社ケロリン屋本店を創立し、家庭薬の販売等を営むに至つた。株式会社ケロリン屋本店は、昭和二七年頃にはその販売する歯痛、頭痛薬に「ケロリン」の標章を使用し、また、「ネオケヒリン」の文字を故意に「ケロリン」の文字に似せた標章を使用して営業を継続していた。そして、「ケロリン」の標章は何人がはじめてその使用を開始したものであるかは必ずしも明らかではないが、右に述べた他にも昭和一〇年頃には家庭薬業者たる訴外株式会社駒宮商会らによつて使用され、昭和二四年頃から本件商標登録のなされた昭和二五年頃にかけては、富山県下においては「ケロリン」またはこれに類似する標章を使用する家庭薬業者は相当の数に上つていた。そしてまた、それらの家庭薬業者の中には「ケロリン」の商標登録を得ようとする者もあり、昭和一一年頃には前記株式会社駒宮商会がその商標登録出願をしたが、特許局によつて拒絶査定処分を受けその目的を遂げなかつたところ、前記認定のごとく、被控訴人らによつてその商標登録を得るに至つたのである。

3 しかるところ、成立に争いのない甲第一二号証の一から一一まで、同甲第一三号証の二から四まで、同甲第一三号証の一六、一七、同甲第一八号証の一から一四まで、原審証人桑島一夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の五から一五まで、同甲第一五号証の一、同甲第一六号証の一、三、同甲第一七号証の一から九まで、原審における証人桑島一夫、当審における証人浅田清松、同証人滝田鶴造の各証言、原審における被控訴人笹山梅治の供述を総合すると次の事実を認めることができる。

前項掲記のように昭和二四年頃から同二五年頃にかけて「ケロリン」またはこれに類似の標章を使用する家庭薬業者は相当数あつたが、被控訴人らは、自己の「ケロリン」の標章使用による営業上の利益を擁護し、本件商標を確保するため、これらの業者に対して警告、訴の提起等の手続をとり、これらの者との間で「ケロリン」の標章の使用を取止める旨の和解、調停等を成立させまたは、これらの者からその旨の念書、誓約書を徴するなどして、その結果、本件調停が成立する頃までには業者のほとんど大部分の者が「ケロリン」の標章の使用を取止めるに至つた。本件調停も、前記被控訴人らの本件商標擁護手続の一環として訴外会社に対して提起された訴訟より移行されたものである。

4 以上認定の事実に本件調停条項の全文および当審における証人浅田清松の証言を総合して考察すると、調停条項第二項、第三項本文において、訴外会社らは本件商標について先使用権を有するものでもなく、また、この商標を慣用商標として使用しうるものでもないことを被控訴人らに対して確認し、また、調停条項第三項但書は、その記の部分(ハ)項と相まつて、被控訴人らは、訴外会社らが「ネオケヒリン」の標章の使用に移行するまでイ号標章を暫定的に使用することを許諾したものにすぎず、訴外会社らは、相当の準備期間をおいて「ネオケヒリン」の標章の使用に移行し、イ号標章の使用を廃止すべきことを約するに至つたものと解するのが相当であり、そして、この準備期間は、全国的な規模で実施している配置家庭薬業者が通常のペースで各家庭を廻り廃止すべき標章を付した商品を回収するために要する相当な期間と解すべきであり、被控訴人らは業界の通念としてその期間をほぼ三年間位と予想していたものと認めることができる。しかるところ、成立に争いのない甲第七および第八号証の各一、二によれば、被控訴人らが昭和四〇年一〇月一日付および同年一一月一日付の書面で訴外会社らに対し右書面到達後二週間以内に前記標章の使用を廃止すべきことを通告し、この書面が同年一〇月二日および一一月一〇日訴外会社らに到達した事実が認められるから、上記本件調停第三項但書の趣旨に従い、被控訴人らの訴外会社らに対する前記使用許諾は、同年一一月二四日の経過をもつてその効力を失つたものと認めるのが相当である。

(三) 控訴人らは、また、前記条項が使用許諾の終期を定めておらず、同じ頃被控訴人らが訴外館井文造に対して期間を一〇年間と明定して「ケロリン」の標章の使用を許諾したのと異なること、および訴外会社が北日本新聞に広告を掲載したのに対し被控訴人らから昭和二九年一二月一四日付内容証明郵便が出されてから昭和四〇年一〇月一日付で本件契約解除の通告がなされるまで約一一年間の長期にわたり何らの苦情もなかつたことなどからみれば、被控訴人らの訴外会社らに対するイ号標章の使用は永久に許諾されたものと解すべきである旨主張する。

しかし、原審証人桑島一夫、当審証人浅田清松の各証言によれば、訴外館井文造は老令であることなど早急には標章の使用を廃止できない事情があつたため、特に一〇年の期間を定めて「ケロリン」の標章の使用を許諾したものであることが認められるし、また、本件調停においては、使用許諾の期間こそ明定されてはいないが、この期間は、前記認定のとおり全国的な規模で実施している配置家庭薬業者が通常のペースで各家庭を廻り廃止すべき標章を付した商品を回収するために要する相当な期間と解すべきであり、その相当な期間はあえて明示しなくとも業界の通念に従つて自ずと定まるものと解されないわけではないから、本件調停に明文をもつて期間の定めがなされていないからといつて、この事実からイ号標章の永久使用が許諾されたものと解するのは相当でない。また、当審における証人浅田清松の証言によれば、本件調停が成立して一、二年経過後、訴外会社より「ネオケヒリン」の使用への移行手続が長引いているからもうしばらく待つてもらいたい旨の申入れがあり、被控訴人らは右移行手続の完了を期待していたが、その後も訴外会社は依然として「ケロリン」の使用を継続する模様であつたので、被控訴人らはこれが差止の警告を出すべく浅田弁護士にその手続を依頼した。しかるに、同弁護士がその手続を延引するうちに訴外会社の代表者亀田安平が死亡し、いよいよその時機を失し遂に昭和四〇年一〇月一日付の本件契約解除の通告がなされるまで慢然その時を過すに至つたものである事実を認めることができる。他に以上認定に反する証拠はない。したがつて、訴外会社らの本件商標の使用について一〇年余にわたつて被控訴人らから何らの苦情がなされなかつたからといつて、この事実からイ号標章の永久使用が許諾されたものと解することも相当でない。それ故、控訴人らの前記主張も採用できない。

四 次に、控訴人らは、「ケロリン」の標章が歯痛、頭痛薬に関し慣用標章である旨または先使用権を有する旨抗争し、本件調停においては、被控訴人らにおいてイ号標章の使用許諾を解除し、その他訴外会社らに対しイ号標章の使用を認めない手段をとる場合には、訴外会社らはイ号標章について、慣用標章であることまたは先使用によりこれを使用する権利を有することを主張することができる旨の停止条件付合意があつた旨主張する。控訴人らの先使用権の主張は、訴訟の状況に照らし、訴訟の完結を遅延させることとはならず、時期におくれた防禦方法として却下すべきものではない。

しかし、この点に関する当審証人碓井義重の証言も、本件調停に臨むに当たり訴外株式会社ケロリン屋本店側代理人高井弁護士の訴外会社側に対する発言として、将来被控訴人らが本件調停に基づいて認められた訴外会社の「ケロリン」の標章使用の許諾を取消すような行為がある場合には、訴外会社らは「ケロリン」の標章について先使用権もしくは慣用の事実を主張して争えばよい旨述べられたというにとどまり、右証言から本件調停の当事者間に控訴人ら主張のような合意が成立した事実を認めることはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。してみれば、控訴人らの主張する前記停止条件付合意を前提とする慣用標章または先使用権の主張は理由がないものというべきである。のみならず、

(一) 慣用標章とは、同種類の商品に関して同業者において広く使用された結果、周知の標章となり、自他商品の識別力を失つたものをいうから、他人の登録商標を慣用標章であるとしてその自由使用を主張するためには、その登録商標が現に慣用されていることを必要とするものと解すべきである。しかるところ、「ケロリン」の標章は昭和一〇年頃にはすでに若干の家庭薬業者によつて使用され、昭和二五年頃から同二八年頃にかけての一時期において富山県下を中心に「ケロリン」またはこれに類似の標章を使用していた家庭薬業者が相当数あつたが、これらの者が被控訴人らからの警告、訴の提起等により大部分がその使用を取止めるに至つたことは前記認定のとおりであるから、前掲各証拠を総合考察しても、本件調停が成立した当時はもちろん、現に「ケロリン」の標章が慣用されるようになつたものとは認めがたい。

原審証人舟橋正一の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証によれば、被控訴人らより訴外会社に対して前記訴が提起された後に訴外館井文造を会長として日本ケロリン協会なるものの設立が提議された事実は認めることができるが、その会長その他の役員、会の活動状況などを些細に見、かつ、これを当審における証人浅田清松の証言に照らしてみれば、右乙第三号証の記載内容もたやすく信用することはできない。また、乙第六五号証の一から三三まで、同乙第六六号証の一および二には「ケロリン」の標章は慣用標章として使用されていた旨の記載はあるが、右各記載には具体的な事実についての記載がなく、当審における証人岡田政由、同有沢嘉一、同松野勇健の各証言もこの点については必ずしも明瞭ではない。したがつて、これらの証拠は、いずれも前示認定をくつがえすに足らず、他に控訴人らの前記主張を肯認するに足りる証拠もない。

(二) 先使用により他人の商標の使用をする権利は、その他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願にかかる指定商品又はこれに類似する商品についてその商標またはこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際、現にその商標が自己の業務にかかる商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合に、その者もしくはその者の業務を承継した者について認められるところであることはいうまでもない(現行商標法三二条、旧商標法九条)。しかるところ、本件全記録を検討するも、本件商標の商標登録出願以前から控訴人らが本件商標もしくはこれに類似する商標を使用していた事実もしくはこのように使用していた者の業務を控訴人らが承継した事実を認めることはできない。したがつて、本件調停が成立した以前において、訴外会社もしくは故亀田安平が本件商標について先使用権に基づいてこれを使用する権利を有していたものであるかどうかにかかわりなく、控訴人らが本件商標につき先使用権に基づいてこれを使用する権利を有するものと解することはできない。

五 ところで、控訴人らがイ号標章を付した歯痛、頭痛薬を訴外会社から買入れてこれを配置販売していることは、控訴人らの認めるところである。もつとも、控訴人三洋薬品工業株式会社はこの自白を取消し、同控訴人が被控訴人ら主張の昭和四〇年一二月二五日から同四一年一月一四日までの期間内に配置販売した薬品は被控訴人らの営む内外薬品商会より買入れたものである旨主張し、乙第八七号証の記載並びに原審および当審における同控訴人代表者榎豊次郎の供述中には右主張に沿うものも見受けられる。しかし、それらの記載および供述も原審における証人桑島一夫の証言と対比すればただちに採用することはできない。すなわち、当審における右控訴人代表者の供述によれば、乙第八七号証の記載は肝心の点において不正確であるというのであつてみれば、右乙号証の記載は必ずしも信をおきがたく、原審および当審における右控訴人代表者の供述のみでは右自白が真実に反し錯誤に基づいてされたものと認めることはできない。そして、他にこの事実を認めるに足りる証拠はないから、同控訴人の自白の取消はこれを認容することはできない。

六 以上の次第で、控訴人らがイ号標章を付した歯痛、頭痛薬を販売拡布する行為は、被控訴人らの本件商標権を侵害するものであるから、この行為の差止を求める被控訴人らの本訴請求は理由がある。そして、被控訴人らの控訴人らに対するこの行為による損害の賠償請求が控訴人マルタ薬品株式会社に対しては金三、五四六円およびこれに対する昭和四一年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、また、控訴人三洋薬品工業株式会社に対しては金五二、四四一円およびこれに対する昭和四一年一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があることは原判決説示のとおりであるから、次のとおり付加するほか原判決理由中の当該部分(原判決理由六の部分)の記載を引用する。乙第八八号証もその記載された数値の根拠が必ずしも明瞭ではなく、この記載および当審における控訴人マルタ薬品株式会社代表者田尻久市の供述は、原審における同人の供述に照らしてにわかに採用しがたい。

七 よつて、被控訴人らの本訴請求のうち控訴人らに対し侵害行為の差止めを求める部分、控訴人マルタ薬品株式会社に損害賠償として金三、五四六円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四一年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分ならびに控訴人三洋薬品工業株式会社に対し同じく金五二、四四一円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四一年一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから認容し、その余の部分は失当であるから棄却すべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!